大判例

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東京地方裁判所 昭和45年(わ)4594号 判決

被告人 Y・A(昭二五・一一・一五生)

Z・N(昭二六・一・八生)

K・O(昭二六・一〇・一五生)

H・J(昭二六・六・九生)

I・M子(昭二六・六・二生)

主文

被告人Y・A、同Z・Nを各懲役一年六月に、

被告人K・O、同H・J、同I・M子を各懲役一年に処する。

被告人Y・A、同Z・N、同K・O、同I・M子に対し、未決勾留日数中各九〇日をそれぞれその刑に算入する。

但し、この裁判の確定した日から二年間いずれも右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は別紙訴訟費用負担一覧表のとおり各被告人に負担させる。

理由

(罪となるべき事実)

第一被告人Y・A、同Z・Nは

一  日本マルクス・レーニン主義者同盟に所属しあるいはこれに同調する学生、労働者ら(以下学生、労働者らの各解放戦線を含めた意味でML同盟といい、これに所属あるいは同調する者を総称してML派という。)約二〇〇名とともに、昭和四五年六月一四日午後一時一〇分ころから午後一時二〇分すぎころまでの間、東京都渋谷区○○○×丁目××番所在国鉄○○駅ホーム上から同駅○○口前広場及びその付近路上に至る間において、警備中の警察官の身体に対し共同して危害を加える目的をもつて、兇器である多数の火炎びん・鉄パイプ・石塊等を所持して集合移動し、もつて他人の身体に対し共同して害を加える目的をもつて兇器を準備して集合し

二  前記学生、労働者らと共謀のうえ、同日午後一時二〇分ころから午後一時二五分ころまでの間、前記○○駅○○口前広場及びその付近路上において、学生、労働者らの違法行為の制止、検挙の任務に従事中の警視庁第二機動隊所属の警察官らに対し、多数の火炎びん・石塊を投げつけ、鉄パイプで殴打するなどの暴行を加え、もつて右警察官の職務の執行を妨害し、その際、右暴行により、別紙受傷者一覧表記載のとおり、同所付近の通行人である○孝○郎ほか四名及び警察官である○林○弘ほか二四名合計三〇名に対し、それぞれ加療約三週間ないし約四日間を要する傷害を負わせ

第二被告人K・O、同H・Jは

一  ML派の学生、労働者ら約一五〇名とともに、昭和四五年六月一四日午後二時三〇分ころから午後四時四〇分ころまでの間、東京都渋谷区○○×丁目×番所在○○公園○地区付近及び同所から通称○○○通りを経て同区○○○×丁目××番所在警視庁○○警察署○○○派出所前交差点付近に至る間の路上において、警備中の警察官の身体に対し共同して危害を加える目的をもつて、兇器である多数の石塊・空びん・丸太棒・鉄パイプ等を所持して集合移動し、もつて他人の身体に対し共同して害を加える目的をもつて兇器を準備して集合し

二  前記学生、労働者らと共謀のうえ、同日午後四時三〇分ころから午後四時四〇分すぎころまでの間、前記警視庁○○警察署○○○派出所前交差点付近路上において、学生、労働者らの違法行為の制止、検挙の任務に従事中の警視庁○○警察署及び警視庁第二機動隊所属の警察官に対し、多数の石塊・空びんを投げつけ、鉄パイプで殴打するなどの暴行を加え、もつて右警察官の職務の執行を妨害し

第三被告人I・M子は

一  ML派の学生、労働者ら約二〇名とともに、昭和四五年六月二三日午後八時三〇分ころから午後八時三七分ころまでの間、東京都千代田区○○○×番所在千代田区立○○公園及び同所から同区○町××番地所在○○劇場前付近に至る間の路上において、警備中の警察官の身体に対し共同して危害を加える目的をもつて、兇器である多数の火炎びん・鉄パイプ等を所持して集合移動し、もつて他人の身体に対し共同して害を加える目的をもつて兇器を準備して集合し

二  前記学生、労働者らと共謀のうえ、同日午後八時三七分ころ、前記○○劇場前付近路上において、学生、労働者らの違法行為の制止、検挙の任務に従事中の警視庁第七機動隊所属の警察官に対し、多数の火炎びんを投げつけ、鉄パイプで殴打するなどの暴行を加え、もつて右警察官の職務の執行を妨害したものである。

(証拠の標目)編略

(弁護人の主張に対する判断)

一  公訴棄却の申立について

1  被告人Y・A、同Z・N、同K・O、同I・M子につき検察官送致決定の違法・無効を理由とするもの

弁護人らは、右被告人らに対する各検察官送致決定は、右被告人らがいずれも調査審判の際、事実関係を黙秘したことを決定的資料として、保護の限界を越えているあるいは保護に親しまないと判断した結果であることは明らかで、右決定は憲法三一条、三八条、少年法二〇条に違反し違法無効であり、この決定に基づく右被告人らの公訴は刑事訴訟法三三人条四号により棄却すべきものであると主張する。

弁護人らは、本件六月一四日、二三日の行動に関係して逮捕された少年のうち、本件被告人らを除くその余はすべて家庭裁判所限りで事件が終局しており、その罪質態様からみて、被告人らのみが検察官送致となつたのは、調査、審判の際に事実関係を黙秘したこと以外にその理由が考えられないとも主張する。

しかし、証人○松○太○の当公判廷における供述によつても、事実関係を黙秘したのは被告人らのみに限られず、また被告人H・Jのように事実関係を卒直に述べたと思われるものでも検察官送致となつていることからみると、被告人らのみ検察官送致となつた理由が黙秘したことにあるという弁護人の主張は当らず、従つて、黙秘を決定的な資料として検察官送致がなされたという所論はその前提を欠くと考えられる。のみならず、憲法三八条のいわゆる黙秘権は、自己が刑事上の責任を問われるおそれのある事項について供述を強要されないことを保障したものと解すべきである。少年保護事件においても、黙秘権が保障されなければならないが、所論も被告人らに対し供述を強要したと主張しているわけではないし、これを窺う証跡は何ら存在しない。しかし、供述の強要と供述しないため結果的に検察官送致決定をすることは異なる。少年が事実関係を黙秘したことが種々の面で不利益な判断材料を形成し、ひいて保護処分と刑事処分のいずれを選択するかの資料として考慮されることがあつても、それが合理的なものであれば、決して前記憲法三八条の保障に触れるとはいえない。けだし、家庭裁判所において保護処分等の保護的措置を行なうについては、非行事実の存在、その内容のみでなく、要保護性の認定が重要であるが、少年が非行に陥る環境との出合、日常の生活態度、非行についての考え方、将来の生活・行動方針、家族・学校・職場・その他の保護に必要な社会資源への対応の仕方等要保護性認定の資料は、少年自身の任意の供述を通して得られることが多いから、少年が事実を黙秘したり、調査審判に消極的態度を示すことは、その他の客観的諸条件、保護環境との関連において要保護性の認定に困難をきたすことは否定できない。その結果保護処分不適とされ、検察官送致が相当であると判断されることがあつてもやむを得ない事柄である。なお、弁護人らの主張する各被告人の本件犯行の罪質、態様についての見方はたやすく賛成できない。

被告人らに対する検察官送致決定によれば、東京家庭裁判所裁判官は、当時少年であつた被告人らにつき、前判示認定事実とほぼ同旨の非行事実を認定したうえ、その罪質及び情状に照らして刑事処分が相当であるとして、事件を東京地方検察庁検察官に送致したものであつて、各決定につき違法不当の事由は全く認められないので、弁護人らの前記主張は採用しない。

2  被告人Y・Aにつき不当逮捕を理由とするもの

弁護人らは、被告人Y・Aについては現行犯人あるいは準現行犯人としての要件を具備せず、任意同行の要請もしないで一方的に乱暴に連行留置したもので、憲法三六条の精神に反し、憲法三一条に違反するもので、同被告人の公訴は刑事訴訟法三三八条四号の準用により棄却すべきものであると主張する。

証人○沢○興の当公判廷における供述によれば、被告人Y・Aの逮捕に至る経緯について次の事実が認められる。

右証人は昭和四五年六月一四日当時警視庁第九機動隊第二中隊所属の警察官で、当日は「六・一四大共同行動」に際しての不法行為の発生に対処するため遊撃中隊としての任務を課せられ、午前中から○○館付近で車両待機をしていたが、午後になりML派集団が○○駅で鉄パイプ、火炎びんを配付しているとの情報、次いで午後一時二〇分ころ、○○駅前で右集団が火炎びんを投げているから規制検挙に当れとの命令があり、直ちに車両で○○駅前交差点手前約一〇〇メートル付近まで転進、更に駆け足で駅前付近まで進んだが、現場には火炎びんの投げられた跡はあつたがすでにML派らしき者は見当らず、情報では火炎びんを投げた集団は○○公園や○○神宮の森へ逃走したとのことで、その場でしばらく監視活動に従事した後、前記車両の降車場所まで後退した。その後午後一時四〇分すぎころ、○○神官○○付近に鉄パイプを所持したML派集団三〇名位が集合しているのでこれを捜索検挙するようにとの命令があり、その間にも○○神宮の衛視が右集団を追つている、あるいは所轄の○○警察署警備本部から警察官が検挙のため○○付近に出動した、右○○付近で二名が逮捕されたなどの情報が次々と入つた。午後一時五五分ころ、証人の中隊は○○付近に到着、第一小隊、第二小隊が同所に配備され、警視庁第三機動隊所属の中隊は○○方面に向かい、証人らの中隊の第三小隊も○○協の道路を通つて○○方面へ向かつた。証人所属の右第一小隊並びに第二小隊が○○付近に配置されると間もなく証人らの前方一〇〇メートル位○○寄りをMLのヘルメットをかぶつた三〇名位の集団が進んでくるのを発見し、同集団は更に五〇メートル位接近して一たん停止した後、再び証人らの方向へ進行して来たのでこれを停止させた。同集団は当初の情報による鉄パイプは所持していなかつたが、その間に○○付近の茂みで鉄パイプ一二本が発見されたとの情報も入つていたため、中隊長の検挙命令が出て、証人は午後二時五分同集団の一員であつた被告人Y・Aを前記○○付近の兇器準備集合罪の準現行犯人として逮捕した。

更に被告人Y・Aに対する勾留状の記載等を総合すると、同被告人は、前同日午後一時五〇分ころ、東京都渋谷区○○○○○町×番地○○神宮境内○○付近において、約三〇名の者らとともに、警備中の警察官の身体に対し共同して害を加える目的で、兇器である鉄パイプを所持して集合したとの兇器準備集合罪の疑いで逮捕され、その後前判示第一の各事実にかかる被疑事実が付加されて勾留請求、勾留決定となり、本件起訴に至つたことが認められる。

本件逮捕のように、犯罪の発生とともに犯人の逮捕に急行した警察官が、犯行に至る経緯、犯行の態様、犯行後の情況、犯人の容態等を警備本部からの無線電話等により逐一情報を得て、犯行場所付近で犯人を逮捕した場合、逮捕場所と犯行場所の接着、その地理的状況、地勢、逮捕時間と犯行時間の接着、犯人の服装の一致等のほか犯人が犯罪の実行行為に密接した個別的特徴を相当程度とどめていることなどから、逮捕者においても犯人であると明確に認識できるときは刑事訴訟法二一二条二項一号による準現行犯人の逮捕ということができる。

従つて、被告人Y・Aの逮捕手続は適法で、その違法を前提とする弁護人らの公訴棄却の主張は採用できない。

二  共謀共同正犯の違憲性

弁護人らは、刑法六〇条は共同正犯の要件として実行行為の分担を必要としているのに、実行行為を分担しない単なる共謀参加者に共同正犯の責任を認める共謀共同正犯の理論は、刑法六〇条の法規を超越した解釈で、罪刑法定主義に反し、憲法三一条に違反する旨主張する。

判例の認めるいわゆる共謀共同正犯論は、「二人以上共同して犯罪を実行したる者」という刑法法規の解釈の結果であつて、被告人に不利益な類推解釈や不当な拡張解釈には当らず、罪刑法定主義に反したり、憲法三一条に違反するものでもないから、弁護人らの前記主張は採用しない。(昭和三三年五月二八日大法廷判決、刑集一二巻八号一七一八頁参照)

三  兇器準備集合罪の違憲性

弁護人らは、兇器準備集合罪はその構成要件や保護法益が不明確で罪刑法定主義に反し、また処罰の合理性が認められないなどと主張するが、同罪の規定があいまい不明確な概念を内容としているとはいえず、処罰に合理性を欠くものということはできないから、右主張を前提とする憲法違反の主張も採用できない。(昭和四五年一二月三日第一小法廷決定、刑集二四巻一三号一七〇七頁参照)

四  その他の主張

弁護人らは、公訴権の濫用、正当防衛、被告人らの本件各行為の正当性を主張するが、本件各犯行の罪質、態様に照らして理由がなく、その他警察官の職務執行の違法等多岐にわたる主張をするが、いずれもこれを採用しない。

(法令の適用)

被告人Y・A、同Z・Nの判示第一の各所為のうち、一は刑法二〇八条の二第一項、罰金等臨時措置法三条一項一号(刑法六条、一〇条により軽い行為時法である昭和四七年法律六一号による改正前の罰金等臨時措置法に従う。以下同じ。)に該当するので所定刑中懲役刑を選択し、二の公務執行妨害の点は包括して刑法六〇条、九五条一項に、各傷害の点はいずれも同法六〇条、二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するところ、右公務執行妨害と各傷害は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として刑期及び犯情の最も重い別紙受傷者一覧表番号1の○孝○郎に対する傷害罪の懲役刑で処断することとし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条によりいずれも重い二の傷害罪の刑に同法四七条但書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人Y・A、同Z・Nを各懲役一年六月に、被告人K・O、同H・Jの判示第二、被告人I・M子の判示第三の各所為のうち、いずれも一は刑法二〇八条の二第一項、罰金等臨時措置法三条一項一号に、二は包括して刑法六〇条、九五条一項に該当するので所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条によりいずれも重い二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人K・O、同H・J、同I・M子を各懲役一年に処し、被告人Y・A、同Z・N、同K・O、同I・M子に対し同法二一条を適用して未決勾留日数中各九〇日をそれぞれの刑に算入し、被告人五名に対し情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から二年間いずれも右刑の執行を猶予し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して別紙訴訟費用負担一覧表(編略)記載のとおりこれを被告人らに負担させることとする。

(量刑の事情)

ML同盟では、前記のとおり当時「安保破棄・佐藤内閣打倒」等を唱え、昭和四五年六月一四日から一〇日間の実力武装闘争を呼びかけ、本件はいずれもその過激な行動の一環として行なわれたもので、兇器である多数の鉄パイプ等を公然と所持して集合移動し、更にその兇器を使用して違法行為の制止検挙に当たる警察官に暴行を加えるという集団的悪質な暴力事犯であり、かかる行動に積極的に参加した被告人らの責任は重いといわなければならない。

しかしながら、被告人らは本件犯行当時一八歳、一九歳の少年であり、集団の中で年長者からの過激な情報を一方的に受け取り、これを十分に批判する知識、経験も乏しいまま本件犯行に走つたという点も多分にあると認められるので、本件犯行の罪質、態様、被告人らの集団内の地位、具体的行動、犯行後の生活状況等諸般の事情を考慮して主文のとおり刑を量定し、その執行を猶予することとした。

よつて主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 桑田連平 裁判官 西村尤克 前原捷一郎)

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